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成田市立図書館デジタル資料「成田ゆかりの人物 鈴木三重吉作品」

成田市立図書館デジタル資料「成田ゆかりの人物 鈴木三重吉作品」

最終更新日 2019年03月19日
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展示期間 : 12月から3月

展示場所 : 本館2階展示


展示全体図
成田市立図書館デジタル資料「成田ゆかりの人物 鈴木三重吉作品」展示の様子
(クリックするとアップになります)
今回の展示では、成田ゆかりの文人である鈴木三重吉の作品や紹介パネルを展示しています。三重吉の作品や、夏目漱石から三重吉宛ての書簡といった資料は、図書館ホームページのデジタル資料「成田ゆかりの人物 鈴木三重吉」でも公開しています。

三重吉と成田

 1882(明治15)年9月29日、広島県広島市(現中区紙屋町)に生まれる。1904(明治37)年東京帝国大学英文学科に入学、夏目漱石に師事し在学中に短編『千鳥』を書き上げ、漱石の推薦を得て俳句雑誌『ホトトギス』に発表し作家として歩み始めます。
1908(明治41)年10月から1911(明治44)年4月まで、旧制成田中学校(現在の成田高等学校)の教頭兼英語教師として教鞭をふるうかたわら、代表作『小鳥の巣』の創作活動にも励みました。当時の校長 石川照勤の特別な計らいで休職しながら書き上げ、作家としての地位を固めました。作品は1910(明治43)年3月から10月まで『国民新聞』(東京新聞の前身)に160回にわたって連載されました。また、『小猫』『病院からさうして病院へ』『エピソード』なども成田で書かれた作品です。三重吉が再び来成したのは、1932(昭和7)年8月、成田小学校で綴り方の講演会でした。
三重吉は1936(昭和11)年6月27日、肺がんのため53歳(享年55歳)で亡くなりました。
1994(平成6)年3月3日、三重吉の長男である鈴木珊吉氏より、成田時代に関わる『小鳥の巣』の自筆原稿や加筆原稿、夏目漱石・高浜虚子・小宮豊隆らとの書簡、三重吉全作集などが成田市に寄贈されました。

三重吉の業績

 1918(大正7)年7月1日、雑誌『赤い鳥』を主宰・刊行。それまで主流であった教訓的なお伽噺、定型的な美辞麗句を並べた作文に対し、芸術性の高い童話・童謡、ありのままをのびのびと描く自由画・綴り方の普及に努め、「日本の児童文化運動の父」と呼ばれています。『赤い鳥』の理念は多くの賛同者を得、赤い鳥運動と呼ばれるようになりました。『赤い鳥』には、芥川龍之介『蜘蛛の糸』、有島武朗『一房の葡萄』、小川未明『月夜と眼鏡』、西条八十『かなりや』、北原白秋『からたちの花』など、当時一流の文学者らによる作品が掲載されました。また、坪田譲治・新美南吉など、新しい世代の児童文学者も『赤い鳥』から育ちました。
 「成田市立図書館デジタル資料 成田ゆかりの人物」より転載