資料名 | 鈴木三重吉書簡 武家尾弥兵衛宛 明治41年11月16日 |
著者名 | 鈴木三重吉 |
出版者 | |
作成年 | 1908(明治41)年11月16日 |
書き下し文
封筒表
広島市立町 武家尾弥兵衛様
封筒裏
千葉県成田丁横丁黒川方 鈴木三重吉
本文
拝啓
其後は大変に御無沙汰仕り申訳も無御座候御宅には皆々様御変りは有らせられず候や本家の伯父様へもよろしく御鳳声願上候拙宅よりの手紙によれば相変らず毎度色々の御助力に預り居候趣難有御礼申上候、小生は去月中旬当地にまゐり候てよりも早一ヶ月と申すものが只そわそわと過去り申候其の間先月末生徒七十名引率して四日間修学旅行いたし候と四五日前一寸二日間東京へ出で居り候外は毎日朝八時より夕刻五時まで学校に詰め居り、万事まだ不馴れのため身体非常につかれて夜なんかもうぐたぐたになり候。かう意気地がなくては困ったものにて候、しかしみんなはじめはこんなものと存候。私は一日二時間しか授業不致候へども、何分校の万事を改革しやうといふ時期にて校長と小生とは寸閑も与ヘられ不申大に困り候新年物のため三四の雑誌よりの頼みもとうとう拒絶いたし候とても自分の勉強なんて出来不申候而し追々馴れゝばよからんと存候幸に校長は裏面では友人の仲柄にて候へば非常につとめよく生徒も早くなついてくれ申候、おかしきは小生の如き自堕落ものが鹿爪らしく構えて校内第一の八釜師屋として恐れられ居る事にて候成田の丁は廿日市位しか無之候小生は素人屋の四畳の間に居り月六円の賄にてやり切れ不申イヤハヤ閉口、外は宿屋のみに候宿屋と申しても不動さんの参詣者を当て込むものにて多くの白首を店頭に飾り「入らっしゃい、お泊まりなさい」と騒ぎ立てまるで下等な女郎屋式の内のみにて候御身分にかゝはる故教頭様は早速出られ候、夕方一ぱいのみたいと申してもそば屋や料理屋へははいられず、それこそは別嬪が通っても横目もつかはれず候。呵々。此頃の生活はまるで山寺式にて候。物さびしき事夥しく候。近況は右のとほりにて候。さて御わび申し上げねばならず候は例の利子の事にて候。九月分より未払に相成り居り何とも申訳無之候月給とてもまだ十月分日割にて五十円貰ったゞけにて、内職の書き物も出来不申、それにイヤ袴の羽織の洋服のフロックのと申し金ばかり入りて心細く候。
まだ、当地は寒さきびしいのに外套もないといふ始末。御心安きに甘へて気にかゝりながらも何ともくりやりも致し不申失礼の段何卒御許し被下度候就ては色々入用も有之候につきいつか御願の残り三百五十円此月末迄か又は来月末迄かに御貸与御願申されまじく候や。御都合によれば百円のみにて充分にて候。但しそれならば本月末か来月上旬中に御願申度、利子未払を相加へ都合よき額面全額に御まとめの上御願申上候右甚だ勝手がましく候へども親爺に金を出して貰ふ位の御心安さにて伺上候わけにつき何卒失礼の段御しかりなきやう御願申上候。
御ついでも有之候はゞ何かの御返事奉待上候
もしお許し被下候とならば御都合により銀行替為(ママ)にて東京ヘ御取組被下候てもよろしく候弟が居候まゝ取はこび可申候。右御伺申上候
用事のない時には手紙を出さないやうで変にて候へども、これまで日々多忙にて何の閑も無之候だん御諒察の上御許し被下度候
本日は校長不在にて代理をなし只今点灯時頃まで一人さびしき学校にとゞまり候
小生の宿は俗塵をさけて学校よりは一山越えてさびしき横丁に居り申候
早々頓首
十一月十六日 三重吉拝
武家尾様
解題
これは、三重吉が武家尾弥兵衛に、成田赴任後の1ケ月の近況を知らせ、借金の利子返済の遅延と更なる借金を申し込んでいる書状である。 1908(明治41)年10月に成田中学校に着任した三重吉は、しばらくは本町の田中屋旅館に泊まったあと、11月3日から横町(現成田市幸町)の黒川宅(通称、山久)に下宿した。その頃小宮豊隆に出した便りにも、玄関脇の四畳部屋で間代1円、食費6円であることや、この家には60歳の祖母40半ばの母親と11になるその娘の女3人だけが住んでいたことが記されている。
成田町の旅館の説明はなかなか辛辣であるが、昔の寺社詣でというのは男たちの行楽の色合いもあったから、あながち三重吉の虚構ではないかもしれない。彼が12月3日に広島の加計正文へ出した手紙にも、「土地はみんな宿屋ばかり。俗なり。可部(カベ:現広島市安佐地区の地名)よりも少し狭き一筋町なり。ゲイシャ六人半玉一人あり。以て町の広さを知れ」と書いている。
三重吉は武家尾弥兵衛にはこのあとも幾度となく借金の依頼や詫びを繰り返している。彼の成田中学校の給料は年俸で800円、月給にして66円66銭6厘で、当時としてはかなりの額であった筈であるが、卒業と時を同じくして父を結核で亡くし、自分の生活費のほか、父の療養のためできた多額の借金の返済、郷里への送金、弟の学費などで出費が嵩んで貧窮していたらしい。
(山本佗介 事務局にて加筆)
NSIN(書誌ID) | DL20101000010 |
種別 | 書簡 |
細目 | 巻紙・封皮共 |
ページ数 | 1枚 |
大きさ(縦×横) | 26×269cm |
資料群名 | 鈴木珊吉氏寄贈の鈴木三重吉資料 |
目録番号 | 24 |
撮影年月日 | 2012/09/12 |
掲載枚数 | 1 枚 |
備考 | |
所蔵 | 成田市立図書館 |
分類 | 816.6 |
件名 | 鈴木三重吉 |
件名(成田) | 成田市-鈴木三重吉 |
キーワード(成田) | |
地域コード | 9N |
郷土分類 | 866 |