資料名永田耕衣書簡 三橋鷹女宛て 1957(昭和32)年9月13日
著者名永田耕衣
出版者
作成年1957(昭和32)年9月13日 (消印 昭和3■年9月13日)

書き下し文

(封筒 表)

東京都武蔵野市吉祥寺一、五〇五

三橋鷹女様

(封筒 裏)

九月十三日

 〈押印〉「神戸市須磨区行幸町三の九〇 永田耕衣」

(本文)

漸く新秋の季節となりましたが御清祥の趣喜びに堪へません。いつも御ぶさた斗りで申訳なく存じてゐます。御精作は折にふれ存分に拝読してゐます。やはり昔からの同志同行といふ感が沁み透ってゐまして懐しい限りです。

さてこのたびは小誌「琴座」百号について早速にも御祝辞を賜はり、あまつさへ心のこもった立派な御贈物まで頂戴しまして忝く恐縮千万に存じました。御芳情心の隅々まで御受け致しました。有難く厚く御礼申上ます。小誌も弱々ながら少数宣戦を通しその時その時全力を尽したつもりですが回顧して微力を恥づるのみです。然し馬齢もここまで重なって来ますと、自分ながらよくやって来たなあといふ感懐もありまして一種の人生観に浸ってゆくことです。殊にあなたから御祝ひなどを頂戴しますと内輪ながらよくやって来たといふことに満足を覚えます。

近頃世界的な舞踊をテレビでよく見ますが、デスティネといふ黒人の原始的な生命の赤裸々な舞踊、殊に「呪術師」には全く嘆驚しました。俳句文学などの比ではないことに悲しみました。数年前メキシコの絵画展をみたときも同様な感動を覚えましたが、俳句であのやうな全身的な狂乱慟哭の作品が出来ると素晴らしいなあと思ひますと、俳句も亦思ひ切れぬことです。おしゃべり致しました。時節柄御大切にして下さい。

御芳情重ね々々厚く御礼申上ます。百拝

   九月十三日

永田耕衣

三橋鷹女様

解題

 この手紙は、永田耕衣の主宰誌『琴座(りらざ)』の創刊100号を祝して三橋鷹女が祝辞と贈物を送ったことに対して、耕衣が謝意をしたためた書状である。『琴座』が100号に達したことに関する感慨や、黒人の原始的な生命が圧倒的な迫力で伝わってくる舞踏、デスティネの「呪術師」や、太陽の下で激しい肉体労働に従事する農民などを独特の太い線で描いたメキシコ絵画展への感動なども綴られている。「俳句であのやうな全身的な狂乱慟哭の作品ができると素晴らしいなあと思ひます」とあるように、自然や人間の力強い生命感は耕衣が俳句の世界で希求するものであった。

 『琴座』は1949(昭和24年)1月に兵庫県荒井町(現高砂市)で創刊され、1957(昭和32)年9月号(第9巻第9号)で100号を迎えた。「小誌も弱々ながら少数宣戦を通してその時その時全力を尽した(略)自分ながらよくやって来たなあ」と感慨をもらしている。100号の「後記」では「小誌も小さいながら百号に達した。喜んでいいやら悲しんでいいやら、私には皆目分らない。(略)然し堕勢(ママ)に陥らぬ限り、生命が持続することはよいことだと思ふ。」という。『琴座』は少数精鋭の薄い俳誌ながら、耕衣の卑俗高邁な俳句理念が行きわたった文学性の高い俳誌で、門下から河原枇杷男・安井浩司・金子晋・清水径子・中尾寿美子・鳴戸奈菜など、優れた個性的な俳人を輩出した。

 書簡の文面に「昔からの同志同行といふ感が沁み透ってゐまして懐しい限りです。」とあるように、鷹女と耕衣とは一貫して所属俳誌を共にし、互いに個性的な作風を認め合う親密な間柄であった。鷹女が『鹿火屋』(主宰・原石鼎)に入会した1929(昭和4)年に耕衣も『鹿火屋』に投句を始め、以後、『鶏頭陣』(主宰・小野蕪子)・『紺』(代表・山本湖雨)・『俳句評論』(代表・高柳重信)と行を共にした。その間、二人はしばしば文通を交わした。また、鷹女は時折、『琴座』に基金援助などもしていた。しかし、鷹女の住む東京と耕衣の住む兵庫県高砂市(現神戸市)とは遠方であったので、2人は長い年月、一度も会う機会がなかった。2人がようやく初めて会ったのは、鷹女が亡くなる3年前の1969(昭和44)年7月17日東京日本橋の三越本店で開催中の永田耕衣書画展においてであった。鷹女は病をおして夫に付き添われて会場に赴き、2人は念願であった初対面を果たしたのだった。100点近い書画を鑑賞後、2人は別室で短時間の対面をして訣れた。この日の出会いを鷹女は「積もる話があったはずであるが、ほとんど何も語らなかった。語らなかったことが、かえって多くを語ったような気がして」と記し、耕衣は「おうちの庭が羊歯地獄の様相を現出している」ことを語って下さったのが印象的だったと記している。

(川名大)

NSIN(書誌ID)DL20151000090
種別書簡(封書)
細目状(便箋3枚)
ページ数
大きさ(縦×横)25cm×18cm (封筒20cm×8.5cm) 
資料群名三橋鷹女資料
目録番号13
撮影年月日2014/01/17
掲載枚数 2 枚
備考封筒に小シミ
所蔵個人所蔵
分類915.6
件名三橋鷹女
件名(成田)成田市-三橋鷹女
キーワード(成田)
地域コードN
郷土分類956