資料名滑河山常念仏堂念仏堂 (現在はないもの)
副書名施設 (社寺含)
富澤氏の
キャプション
昭和35年8月 道路改修の為 滑河常念仏堂解体さる、念仏堂前での僧侶集合
著者名富澤庸祐
出版者-
作成年-

解題

常念仏堂は4間4面くらいの大きさで茅葺きであった。1960(昭和35)年8月、道路を広げ直線的に直すという県道改修に、龍正院の境内の一部、偶々堂のあるところが該当した。偶々堂は解体され、佐倉市新町の甚大寺へ移築された。良質の木材は再利用された。しかし茅葺きから瓦葺きに変わるなど様変わりした。お堂のあったところはJAの倉庫となっていたが、2013(平成25)年9月に取り壊され空き地になっている。かつてのお堂ではその月々に亡くなった人たちの「霊供」という供養のための念仏が行われ、また、四万八千日には踊りも行われていた。念仏講の人々が集う場であり、子どもたちの遊び場にもなっていたということである。 なお、甚大寺は、不衿院安城山の号をもち、天台宗。佐倉藩主が1615(元和元)年に建立した。本尊は十一面世音菩薩立像(佐倉市指定文化財)。堀田家歴代の菩提寺として知られている。金毘羅尊、不動明王、毘沙門天、仁王尊、健康を願うお身ぬぐい観音などが祀られている。毎月10日は、金毘羅尊の縁日が開かれ賑わっている。毘沙門天は佐倉七福神めぐりの札所の1つになっている。

(島田七夫)

NSIN(書誌ID)DL20151000620
種別写真
細目写真
ページ数1枚
大きさ(縦×横)
資料群名富澤庸祐アルバム
目録番号肌-7-67
撮影年月日2014/01/17
掲載枚数1枚
備考
所蔵成田市下総歴史民俗資料館
分類748
件名富澤庸祐
件名(成田)成田市-富澤庸祐
キーワード(成田)
地域コード9N
郷土分類748